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地の歴史 |
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ゼームス坂由来記 |
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東京23区内にはっきりとした名称を持つ坂は640余ある。しかし、片仮名の坂名となるとグッと減り、外国人名に由来する片仮名の坂名はここを含めてたった2箇所しかない。
ゼームスすなわち、英国人ジョン・M・ジェームスは江戸末期に来日し、日本海軍の創設に貢献したことから、かの坂本竜馬との親交もあったとされる。この南品川の地に屋敷を構え、当時は浅間坂と称ばれた屋敷前の急坂に、人々が難儀しているのを看過するに忍びなく、なだらかになるように私費を投じて手を入れさせたことからゼームス坂と称び習わされるようになった。
仙台坂、くらやみ坂などこの高台から伸びる坂の数々があり、往時は眼下にあった海岸からの潮風が涼しく通り過ぎる地でもあった。 |
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| くらやみ坂 |
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明治以後の殖産興業の隆盛につれ、事業が軌道に乗るとこの地に邸宅を構える人が現れてくる。
大名家の屋敷跡が点在し、閑静な環境も優れていたこの高台は、都心からの距離も程よくその候補地として注目の的になり、いくつかの邸宅が並ぶ一角となった。 |
昭和16年品川区地図。
ゼームス坂上に、広大なる屋敷がすでに存在する。
「大東京 三十五區内 品川區」 <人文社刊> |
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そういった邸宅の一つに、土地の人々から“ゼームス坂の洋館”と称ばれる、一つの屋敷があった。
洋館としての造型に趣があるに留まらず、その屋敷は広大な敷地全体を豊かな樹林に囲まれ、巨石や石灯籠を配した和風の庭園も造成されていた。
「アリュール ゼームス坂」は、この広大な邸宅跡地に計画が進められ、敷地の木々も極力残す配慮がなされている。 |
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「ゼームス坂の洋館」。この地に、壮麗なる邸宅が存在した。
計画地 旧洋館 2002年10月撮影 |
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